テーマ① 『目・眼・瞳』にまつわる四字熟語 
『目』と『眼』と『瞳』って同じもの?~『目・眼・瞳』にまつわる四字熟語をご紹介~

「目」と「眼」と「瞳」って同じもの? 違いはあるのでしょうか?
俗に「目」はモノを見るという働きをする器官全体を指す広い意味で使われることが多く、イメージでいうなら「顔の中のパーツのひとつ」。一番広い意味で使われますよね。「眼」は眼球のことを指すことが多いような気がします。もともと「まなこ」と読み「目の子」すなわち黒目のことを指していたそうな。今では目と同様の意味で使われていて、目の形や「眼光鋭い」など目つきを表したりして、見る行為に特化している気もします。「瞳」はもっと範囲が狭くて「め」とも読みますが「ひとみ」と読むのが一般的。これこそ目の中心、黒目の部分を指して「つぶらな瞳」、「まっすぐな瞳」などといいます。
目や眼や瞳の指す範囲や表現の仕方を考えていると、ことわざや熟語や故事成語にも目や眼という言葉が多数登場していることに気付きます。
ということで今回は『目・眼・瞳』にまつわる四字熟語をいくつかピックアップしてご紹介します。
岡目八目(おかめはちもく)
「岡目」とは人がしていることを見ること。
八目といえば囲碁の用語で八手先の目なので、囲碁は対戦している当人よりも観戦者の方が八目先の手まで読むことができるという意味から、当事者よりもはたから見ている人の方が冷静で、情勢を正しく判断できるというたとえ。
面目躍如(めんもくやくじょ)
「面目」は周囲から見た様子やそれにたいしての評価。
「躍如」は生気に溢れ、勢いのある様子。
言葉通り、期待された通りの活躍をして勢いづいているさま。いい結果を出して、自身の評判が上がること。
知目行足(ちもくぎょうそく)
仏教語で、知識を「目」修行を「足」にたとえ、悟りを得るためには知識と修行のどちらもおろそかにできず必要であるという意味。
「智目行足」とも書く。
夜目遠目(よめとおめ)
仏教語で、知識を「目」修行を「足」にたとえ、悟りを得るためには知識と修行のどちらもおろそかにできず必要であるという意味。
「智目行足」とも書く。
眼光紙背(がんこうしはい)
「眼光」は眼の光すなわち眼の強さ、転じて物事を見通す力のこと。
「紙背」は文字や文章が書かれた紙の裏のこと。
眼の光が鋭く強く、紙の裏まで貫いてしまうということから、読解力がきわめて優れていることを表す。
着眼大局(ちゃくがんたいきょく)
「着眼」は目をつける、または目の付けどころ。「大局」は物事の、部分的な有利・不利などの有様は別として、全体を見渡した場合の情況をあらわす。
広く物事を見て、全体的に大きく捉えること。また、物事の要点や本質を見抜き見極めること。
ほかにも
眼高手低(がんこうしゅてい)
竜瞳鳳頸(りゅうどうほうけい)
などなど、目や眼や瞳のつく四字熟語はたくさんありますよ。
また機会があったらご紹介します。