テーマ③ 網膜
昼間と夜でモードが変わる「網膜」

人間の眼をカメラに例え、眼のしくみやレンズの役割をする水晶体などを解説してきましたが、今回はフィルムの役割をする網膜の話です。

錐体(すいたい)細胞と桿体(かんたい)細胞

ヒトの網膜には視覚情報を受け取ることができる受容体が約1億3000万個という膨大な数存在しています。この気の遠くなるような受容体の数は、すなわちテレビやパソコンでいうところの解像度の高さ。ヒトの眼がいかに高機能・高性能であるかがわかるというものです。そして網膜でキャッチされた情報は100万個の神経繊維を持つ視神経を通って脳の視中枢に送られます。この「見る」、「見える」ことから私たちは全情報の80%以上を得ているのです。
網膜には明るい場所で主に色を見分ける『錐体』細胞と、暗い場所で主にカタチを見分ける『桿体』細胞の2種類があります。錐体細胞は明るい場所で色を認識することができますが、暗闇ではその働きは低下します。反対に桿体細胞はわずかな光でもモノのカタチを感知することができます。このため、暗い場所ではモノのカタチは分かるけれど色ははっきりと認識できない、ということが起こるわけです。
昼間に働く錐体細胞、夜間に働く桿体細胞

暗順応と明順応

明るいところから急に暗い屋内などに入ったときなど、しばらくは何も見えず、徐々に目が慣れてくるとモノの輪郭が判別できるようになる、という体験は誰にでもありますよね。これは「見る」ことに作用する視細胞が、錐体から桿体に切り替わることによって起きる現象で「暗順応」と呼ばれます。もちろんその逆もあり、暗いところから急に明るい場所に出たときなど一瞬眩しさで見えなくなり、これも少し経つと目が慣れて見えるようになる。これが「明順応」です。おもしろいのは「明順応」は素早く行われ「暗順応」にはある程度の時間を要する、という点。普段の生活でも明るい場所にはすぐ慣れ、暗い場所でものが見えるようになるには時間がかかるという実感はありますよね。たとえば長いトンネル内の照明灯など、入り口・出口付近はその設置間隔が狭く、トンネルの中央部にいくほど設置間隔は広い、というのも、トンネルに入り急に暗くなったと感じる運転者の明暗ギャップを和らげ、「暗順応」の間できるだけ視界を確保するため。また、映画館などの緑色の非常口ランプが目立って見えるのは、暗いところで活躍する桿体細胞が緑の光に特に反応しやすい特性を持つからなのだそうです。

森のくらしが培った3色型色覚

人間は情報の取得を視覚に特化して進化してきた霊長類で、私たちの視覚にはR(赤)G(緑)B(青)3色型の「色」があります。普段の生活で見える世界を私たちは特別なものだと思いませんが、実は人間のような色覚は全生物の中でもかなり珍しいタイプなのです。まず、中生代の恐竜の時代、人間の祖先はおそらく夜行性の小動物だったと考えられていて、暗いところでは高度な色覚は不要なため夜に適応した2色型の色覚になった。霊長類以外の哺乳類はだいたいそのまま2色型の色覚を保っているんだそうです。ところが霊長類の祖先は約3000万年前、一度失った第3の錐体細胞(緑)を再獲得している。何故なんだろう? どうやら私たちの祖先が森で暮らしていたその環境が、ビタミンCや糖分を多く含む赤い色系の果実を、緑の木々の葉の中から見つけ出す必要に駆られた、ということらしいのですが…。いや実に眠れなくなりそうなほど興味深い進化の歴史ですよね。機会があったらまたぜひこのあたり、掘り下げてみたいと思います。